本記事は、フランス発祥の焼き菓子であるタルト・タタンについてまとめています。タルト・タタンはどんな場所で、どんな人たちの手によって、どんな偶然が重なって生まれたのか、などがわかる内容となっています。以下目次です。
ある姉妹が切り盛りしていたホテルの厨房で、タルト・タタンは生まれました。舞台となる「ホテル・タタン」はその時も多くの客で賑わっていたそうです。姉のステファニーと妹のカロリーヌは提供する食事の用意でそれはもうてんやわんや。しかしある意味、その目の回る様な賑わいがタルト・タタンの生まれるきっかけをつくった、とも言えるかもしれません。どういうことでしょう?
タルト・タタン生誕のエピソードに迫る前に、ホテル・タタンがあった地域について少しふれたいと思います。
(1)ロワール川
ロワール川はフランス中心部を大西洋へと流れ込む川です。田園風景、石灰岩の崖、童話の世界のようなロワール古城群など、「フランスの庭」と呼ばれるその景観を楽しむために多くの人々が訪れます。
(2)ソローニュ地方
ロワール川とその支流シェール川の間に、ソローニュと呼ばれる地方があります。自然豊かな土地であり、様々な木々が混在する森の中に点在する沼地が、多くの動植物を養い、穀物や野菜、ぶどうなどの農作物を実らします。鉄道が走っており、その独特の景観を車窓から眺めることができます。
(3)ラモット=ブーヴロン
ソローニュ地方にある人口五千人ほどの小さな街です。パリから140kmほど離れており、19世紀に鉄道でつながりました。豊かな自然に囲まれたこの街には、狩猟を楽しむために多くのパリジャンが訪れていたようです。駅前という条件のいい立地にあったホテル・タタンもきっと狩猟目当ての人々で賑わっていたのでしょう。
ホテル・タタンの歴史
もう少し回り道をします。なぜタタン姉妹のもとにタルト・タタンは生まれたのでしょう。ラモット=ブーヴロンという街を囲む、ロワール川によって育まれたソローニュという土地の豊かさ、地理的要因があるかもしれません。また、タタン姉妹が生まれ育った家、家系的要因というのも少なからず関係がありそうです。曽祖父の代までしか遡ることはできませんが、彼女たちの家は代々、自然の素材を活かし自らの手で何かを作る、という生活を続けてきました。
ホテル・タタンの歴史は、タタン家の歴史とも言えます。
(1)曾祖父ルイ
タタン家がラモット=ブーヴロンに引っ越してきたのは、姉妹の曾祖父ルイ・タタンの時代でした。彼はパン屋を営んでいました。
(2)祖父ルネ・ルイ
祖父のルネ・ルイは最初パン作りの修行をしていましたが、車大工となり、のちのホテル・タタンの前身となるオーベルジュ(宿泊機能も備えたレストラン)を建築、営業を始めます。
(3)父ジャン
父のジャンは、祖父ルネのオーベルジュを引き継ぎ、経営しました。
(4)姉ステファニーと妹カロリーヌ
ジャンの娘たち、ステファニーとカロリーヌが父からオーベルジュを引き継ぎ、ホテル・タタンとしてリニューアルさせました。1894年のことです。1899年にタルト・タタンについての最初の記述があります。そして1906年、ホテル・タタンは売却され、姉妹の手を離れました。
では、本題に戻りましょう。
タルト・タタンはいかにして生まれたか。
一言で言うとそれは、偶然の産物、でした。
姉妹の偶然の産物『タルト・タタン』
ある日、ホテル・タタンは大変賑わっていました。宿泊客の食事の用意のため、タタン姉妹は厨房で忙しく働いていました。それはもうてんやわんや。
慌てていた姉ステファニーは、食後のデザートを作る際に間違ってりんごと砂糖とバターをそのままオーブンに入れてしまいます。
気づいた時にはもう手遅れ。食後のデザートの時間は刻一刻と迫っています。客たちはデザートを楽しみにしている。さあどうしたものか。
その時、妹カロリーヌが機転を利かせ、りんごの上に生地をのせて再びオーブンに入れました。祈るように焼き上がりを待ちます。
できあがったものを見て二人はびっくり。
とてもおいしそうなものが出来上がっていました。デザートを心待ちにしていたお客たちもこれには大満足。
姉妹の偶然のコンビネーションが、タルト・タタンというお菓子を生み出したのでした。
めでたしめでたし。
むすびに
いかがでしたでしょうか。今でこそタルト・タタンはりんごを使った焼き菓子の代表格となっていますが、その始まりにはある姉妹のうっかりがありました。
どこで何がどうつながり新しいものは生まれるのか、わからないものですね。
とはいえ、後世に生きる私たちがこうやって、タルト・タタンのような美味しいものを食べることができるのは、幸せなことに違いありません。
(本記事に掲載した写真はすべて三久保美加氏の著作より借用させていただきました。)
参考文献
- 三久保美加『TARTE TATIN タルト・タタンが生まれた町 りんごをめぐる旅』
- 三久保美加『TARTE TATIN タルト・タタンとりんごたち2019』
- 池上俊一『お菓子でたどるフランス史』